すべてが恩寵。
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腰かけてするラジオ体操。
午後、体操をしている。
ラジオ体操を椅子に腰掛けてする。
おかげで50肩がおおかた良くなっているな、と気づけた。
なんなく上がるからだ。
左肩が痛いのだが、眠るとき左を向かなければ体勢に影響は無い。

ラジオ体操のあとは「みんなの体操」を続けて行う。
これも、椅子に腰掛けてやる。
通院の時に先生に伝えたら椅子のところで
「そうそう、そうしたほうがいいわよ」と
同意を得た。椅子に座っての体操は有効だと。

Jugem用DSCN5804.jpg

スピさんからも「体操、続いているね」
血圧手帳に記しているので。
ラジオ体操のしるし「R」とみんなの体操のしるし「み」と。
いい気分転換になる。
ちなみに、みんなの体操はデイケアでもやっていた
おなじみの動きだった。
14:39昨年の記事--pookmarktop
もっと早くに、高血圧治療していれば良かった。
もっと早くに、高血圧治療していれば良かった。
ネットの薬の嘘に惑わされて服用を決めなかったわたしは
軽い脳内出血で脳外科に緊急搬送された。
そこで投薬された血圧のお薬は何の副作用も見せず、
高血圧だった夫も血圧治療を始めた。
「もっと早くに高血圧治療していれば良かった」
なんで服用が遅れたかと言うと、
精神薬の改善が遅々として進まなかったからだ。
現代では精神薬もなんの副作用も無い。
30年、かかった。30年の遠回りを終えて今、薬は欠かせない。
ネットのネガティブな情報を鵜呑みにして拒否し続けてきた
自分を愚かだと思う。
そして、すべてのお薬を改善・研究されている人々に
熱い感謝を捧げたい。ありがとうございます。
11:57昨年の記事--pookmarktop
そんなことより、アカシジア。
わたしはアカシジア経験者だ。
わからないというかたはググってください。
副作用のひとつで、主に身体が震える。
初の入院でアカシジアになった時、
座っていられなくなった。
歩いて歩いて逃さなければならない。

歩かないと気持ち悪い。
布団でじっとしていられれば
どんなに良かったことだろう。

1・座っていられない
2・身体がふるえる
3・足は関係ない(足がむずむずしますか?と医師に聞かれたので)
4・書き文字が不安定になる

30年投薬を続けていて、どうやら
ロドピンという薬に反応してアカシジアになるらしい、
ということがわかった。
「アカシジア」という副作用名は
たまたま目にした診断書に書かれてあった。

お薬手帳もない頃からの長い戦い。
お薬が精妙化して進歩して
アカシジアは出なくなった。
研究をしてくださったかたに深い感謝を。

30年が、かかった。
あの気持ち悪さ、心地悪さから解放され、
晴れ晴れとした50代を迎えた。

思えば16才の我儘盛りにはキツかった。
担当医によってはアカシジアが出ない処方があった。
「君は薬を飲まなくていい」という判断をした医師も居た。

いずれ、断薬は危険だ。身を持って知った。
「嫌なら飲まなければいい」もうそういう局面ではない。
薬に頼らざるを得ない、いわば「お守り」状態だ。
だから、わたしは薬を飲む。
全然知らないひとに詳細を知らないひとに
「辞められたらいかがですか」
「絶対に治るから薬は飲んだほうがいい」
軽がるしく気安く言われたくはない。

Jugem用GEDC1286.jpg

その時その時の暮らしぶりに服薬を調整していく生活が
あまりに長すぎた。お守りもしっかり効いてくれたら感謝できる。

そんなことよりアカシジア。
絶滅してはいないのですよね。
まっただなかのあなたに、エールを送ります。
あなたの薬の飲み方を替えずに対処する道が見つかりますように。
できれば平和的な解決が見つかりますように。




 
07:23昨年の記事--pookmarktop
オセロの最終局面。
わたしは両親の無理解で
10代の頃から精神薬をあてがわれました。
特に父などは末の妹が、わたしには叔母にあたります、
「○○病院の薬を飲んでいると本当にイイの!」と
絶賛の嵐で、彼女は良心的な医師に恵まれたのでしょう、
そんなわけで両親ともども、医者・病院・薬の
100パーセント頼りで、不可解な娘の行動を
シャットアウトしてきました。

また○○病院はわたしの中学の学区内でした。
16才のときに初の入院生活を送ることになったのですが、
格子の嵌った窓から同級生の家が見えるのですね。
あれは切なかったです。
学区内ということで、わたしの噂をききつけた当時のナースたちから
「男で問題起こしてきたんだってねぇ」と
ぐるり囲まれ怖い想いをしました。

また昭和の女子たちは火曜日のリネン交換が苦手で苦手で
わたしもコツがつかめるまで苦労しました。
初めての入院でリネンは「これでもか」と糊付けされており
糊付けを剥がすのでさえ大儀でした。

「不潔なリネンは交換してくださーい!」
なんという言い草でしょう。
「ふけつなリネン」現代なら苦情の対象になるのではないでしょうか。

ある時の入院で「入院生活でお困りの点がありましたら
こちらに連絡を」と電話番号の紙が掲示されていた時期が
ありました。そちらに電話しようとした猛者がいたのですが
かけようとしたらすぐナースが張り紙を剥がした、と
言うではありませんか。
何の意味も無い空疎なデモンストレーションだっただけ?

○○病院は国立でした。

2014年の冬に実に10数年ぶりに入院しましたが、
平成の風を感じました。
リネン交換は清掃の職員がすべて交換してくれて、
男女別だった病棟は男女混合に変わり、
建物も近代的でキレイで清潔で、
熱湯などを使わない(昭和の病院では熱湯が出る蛇口があった)
よく考えられた環境でした。
小泉内閣のときからこんなふうに当たり障りのない
環境になったとのことで、新聞を読んでいるおっちゃんから聞きました。

我が母上は未だに元気なのですが、
何かすると「○○病院へ行くか?」と脅してくるので、
わたしは実家へよりつかなくなりました。
東京へ来たのも環境からの遠心力が膨大にあって
ためらいはいっこもありませんでした。

母への感謝は産んでくれて育ててくれてありがとう、
でも、苦い想いなんだ、それも自分で消化(昇華かな)
しなくてはならない領域で、
女同士の軋轢と溝は深いままです。

わたしは現在、母の嫌う東京で暮らしています。
夫は「嫉妬から言うのだから」とたしなめてくれます。
東京は遠すぎて判らないから出た言葉なんだよ、と解説してくれました。

父は早くに他界して十数年になります。
「お前とオレは似ていたんだな」とわたしと同じように
ひきこもって仕事を定年を残して辞めてしまいました。
そして母の付き添いのもと○○病院からお薬をもらいに行っていました。
父の病名はわかりません。

わたしは統合失調症です。
その前は非定型精神病でした。
前者は東京に来てから、後者は故郷で付けられた病名で
東京での病名は「ああ、わりとポピュラーにきく名前だ」と
ほっと肩の荷が下りました。

またわたしは高血圧の薬も飲んでいます。
遺伝です。主に実家の家族ぜんたいからの高血圧です。
味つけの濃い東北って悲しいですね。

また理不尽にふりかかってきた副作用の話になると
長引くので後日、分けて書くことにしますね。

わたしは16才当時、死にたがりでした。
今ではそんなとんでもない、オセロの最終局面に来て
黒ばかりだったゲーム盤が白に一気に変わるような心持ちでいます。
生き抜いてやる。
そしてこれで輪廻転生を終える。卒業制作を
夫=彼と共に作ろうじゃないか、と闘志を燃やしています。




 
09:50昨年の記事--pookmarktop
こころのひろさ。
わたしは統合失調症です。
こちらに移り住んでから、つけられた病名で、
故郷では非定型精神病でした。
引っ越してから、まぁわりとポピュラーな病名なんだな、という
気楽な感じからスタートしました。

ふるさとに帰るたびに
実家の母などは「○○病院、行くか?」と
水をむけてくるので今ではわたしは
めったに寄り付きません。
心の病気が薬で治るか?
30年以上服薬してきて、
さまざまな想いをしてきました。
特に両親など100パー病院頼りで、
それにも嫌気がさして
たまらなかったものですから。

またわたしは「薬をのめ」「薬をのまないほうがいい」
そのどちらのアドバイスも素直にきけません。
きけば必ず複雑な想いに取り巻かれます。

世の中には状態が落ち着いている、
「寛解」ということがあるようですが、
わたしは夢のまた夢。という気持ちです。
薬に頼らず精神的に自立する、と言えば
なにかおとぎばなしのような蜃気楼をつかむような気がします。

2014年の冬、○○病院へ実に10数年ぶりに入院しました。
病棟は男女混合、その新しいスタイルに平成を感じました。
再婚した夫などは病の前段階の妻を知っているので
退院が決まった時には
「医学的な奇跡を見るようです」と担当医に述べたそうです。

わたしは退院時から歩行に問題があり、
フラつく足取りで近所の八百屋に行き、2回転倒し、
また家の中で動けなくなって一夜を明かしました。
あの時助けてくださった通りすがりの皆さん、本当に感謝いたしております。

最近ではすべて任せっきりだった家事労働を
シェアできるようになり、季節も変わって体調も楽になりました。
血圧のお薬をもらって服用している脳外科で
先ごろ、健康診断をしていただきました。
採血・採尿・レントゲン・心電図。
どこも目立った異常は見られず健康体であることが判明し、
スピさんと手をとりあって歓びあいました。

30年、かかった。お薬の精妙化に。実感は深いです。
「のめ」「のまないで」現代は服用して正解なのだと思えます。
わたしは一生をかけて「こころのひろさ」を問われています。
13:44昨年の記事--pookmarktop
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